自営業者(個人事業主や会社経営者)の婚姻費用は、給与所得者(サラリーマン)に比べて算定が非常に難しく、トラブルになりやすいという特徴があります。

最大の問題は、「確定申告上の所得(税金計算用の数字)」と「実際に使えるお金(生活実感)」が大きくズレることです。

このズレをどう修正して「本当の支払い能力」を割り出すかが争点になります。主な問題点と対策を整理しました。


1. 根本的な違い:サラリーマン vs 自営業者

裁判所の「算定表」を使う際、給与所得者は「源泉徴収票の支払金額(税込年収)」をそのまま当てはめれば良いのに対し、自営業者は**「確定申告書の数字をそのまま使ってはいけない」**というルールがあります。

  • サラリーマン: 年収がガラス張りでごまかしにくい。
  • 自営業者: 「経費」や「控除」を使って所得を低く見せることが可能。

そのため、裁判実務では**「確定申告書の数字に、本来は生活費に回せるお金を足し戻す(加算する)」**という修正作業を行います。

2. よくある4つの問題点(争点)

自営業者の婚姻費用で揉めるポイントは、主に以下の4点です。

① 「経費」の水増し疑惑

「交際費」「車両費」「旅費交通費」などに、個人的な支出(家族旅行、私用車、外食など)が混ざっているケースです。

  • 問題: 経費が増えれば所得(利益)が減り、婚姻費用が安くなってしまいます。
  • 実務の対応: 明らかに事業と無関係な支出は、利益として計算し直します(否認)。ただし、これを見抜くには「総勘定元帳」などの詳細な帳簿が必要になります。

② 「減価償却費」の扱い

ここが最も専門的でややこしい部分です。

  • 問題: 減価償却費は「帳簿上のマイナス」であり、実際に現金が出ていくわけではありません。そのため、「手元に現金はあるはずだ」として、**原則として所得に加算(プラス)**されます。
  • 例外: 実際にその設備のローン(借入金)を返済している場合は、その返済額を経費のように扱って差し引く調整を行います。

③ 「青色申告特別控除」などの税法上の控除

  • 問題: 青色申告特別控除(最大65万円)は、税金を安くするための特典であり、実際にお金が出ていったわけではありません。
  • 実務の対応: 婚姻費用の計算上は、この控除額を全額所得にプラスして計算します。ここを見落とすと、本来もらえるはずの金額より少なくなってしまいます。

④ 「赤字」や「所得ゼロ」の主張

「今年は赤字だから払えない」と主張されるケースです。

  • 実務の対応: 単年度の赤字だけで「支払い義務なし」とはなりません。
    • 過去数年の平均を見る。
    • 賃金センサス(同年代・同職種の平均年収)を用いて、「働けばこれくらい稼げるはず」という**「みなし収入(潜在的稼働能力)」**で計算する。
    • 同居時の生活レベル(生活費として渡していた金額)を基準にする。

3. 正しい計算のための「基礎収入」の出し方

裁判所では、以下の計算式で自営業者の年収(基礎収入)を算出します。

基礎収入 = 課税される所得金額 + 実際に支出していない費用(加算項目) - 税金・社会保険料など

【主な加算項目(足し戻すべきもの)】

  • 青色申告特別控除額
  • 専従者給与(実態がなく、単なる節税で配偶者や親族に払っている場合)
  • 減価償却費(ローンの元本返済分を除く)
  • 私的な支出と判断された経費(私用車のガソリン代など)

4. 対策:あなたがすべきこと

相手が自営業者の場合、源泉徴収票一枚で済むサラリーマンとは違い、資料集めが勝負になります。

  1. 確定申告書(直近3年分)の確保
    • 1年分だけだと「たまたま業績が悪かった年」を使われるリスクがあります。3年分で平均を見ます。
    • 「第一表」だけでなく「損益計算書(青色申告決算書)」の内訳が必要です。
  2. 生活費の記録
    • 相手が「所得は低い」と主張しても、同居中に「月30万円生活費をもらっていた」「高級車に乗っている」という事実があれば、「申告所得と生活実態が矛盾している」と反論できます。
  3. 帳簿の開示要求
    • 怪しい経費がある場合、弁護士を通じて裏付け資料(領収書や元帳)の開示を求めることがあります。

結論

自営業者の婚姻費用は、確定申告書の「所得金額」を鵜呑みにすると、相場より大幅に低い金額になりかねません。 「税務上の所得」と「婚姻費用算定上の収入」は別物であるという視点を持つことが重要です。

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野条 健人 代表弁護士
大阪を拠点に、男女問題・離婚・DV・モラハラなど、デリケートな問題を抱える方々の相談に親身に対応しています。ただ法律的な解決を目指すだけでなく、依頼者様の気持ちに寄り添い、心の負担を少しでも軽くすることを大切にしています。 「相談してよかった」と思っていただけるよう、一人ひとりのお話を丁寧に伺い、最適な解決策をご提案します。お悩みの方は、お気軽にご相談ください。

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